インタビュー:非西洋圏の偽情報を見つめる「Civic Media Observatory」
混沌とした情報空間でどのように有害な情報が出回るのか?情報エコシステムの根底を理解することで、防波堤の可能性を探ろうとするプロジェクト「シビック・メディア・オブザーバトリー」に取り組むグローバルボイスのディレクターIvan SigalとプロジェクトリードのGiovana Fleckに取材しました。
誰でも気軽に発信できる時代の基盤となっているのは、主にシリコンバレーのテクノロジー企業のサービス。ところが近年は、ネット上にあふれる偽情報が世界的な問題となっているます。米・ホワイトハウス襲撃事件をきっかけに一度は対策強化の風が吹きましたが、それよりもずっと前に、非英語圏やグローバルサウスでは、人命に関わる偽情報のハイスピードな拡散が起こり、死者もでていました。グローバルボイスでは、こうした北米以外の世界からのニュースやストーリーをブロガーや翻訳ボランティアのネットワークの力を応用して、明るみに出そうと長年取り組んできました。グローバルボイスのプロジェクトで、ファクトチェックとは異なり、ナラティブの分析により健全な情報空間を目指す「シビック・メディア・オブザーバトリー」に取り組む二人にその課題意識を尋ねました。
シビックメディアオブザーバトリーとは?
ジョバナ:「私たちの取組のきっかけとなったのは現代のメディア環境に対する課題意識です。ソーシャルメディアのプラットフォームは、世界中で新たな出来事を理解し、評価し、対応するために必要な、地場の文脈に沿ったローカルな知識、サブテキスト、および言語能力を持ち合わせていません。そしてメディア環境は、有害な情報の拡散に対して脆弱で、この現象が民主主義プロセスをさらに混乱させています。さらにニュースメディアは、周縁化された人々の声をネグレクトし、言語、文化、地理的国境を越えた理解を築く準備不足が散見される。 重要な出来事や傾向が取り逃され、予期できたはずのショックに対し、その地域の人々や団体は無防備な状態に置かれたままです。
こうした課題に対し、私たちの手法はローカルな知識に重点を置いて、ストーリーの根底にあるサブテキストとコンテキストを明確にすることを行っています。そして様々なひとが携わる分析の公平性や妥当性を保証するために、厳格な編集を行っています。 また国際的な人権の観点から、市民の議論に及ぼす潜在的な利益または害に基づいて内容を評価するスコアを設け、メディアやプラットフォームにアクションを提案することを活動に含めています。
シビック・メディア・オブザーバトリーでは、これまでに2020年の台湾の選挙や2020年から2年にわたってインドでのオンライン空間のモニタリング、特に北インドのムスリムに対する非人間的な偽情報の拡散などについてモニタリングを行ってきました。ファクトチェックで行うような本当か嘘かというような事実確認ではなく、それらのストーリーがどのように形成されるのかを調査するのです。このプロセスを実施するに当たって、現地の文化をよく知るエキスパートとのコラボレーションを大事にしてきました。ナラティブを見つめる理由は、人々が日頃から信じている見解(belief)が、有意な行動として現れるようになるからです。なぜ、そのような言説が、人々にとって意味を成し納得できる話として聞こえるようになってしまうのか。という問いにナラティブが答えをもたらしてくれます。」
プロジェクト立ち上げの経緯
アイヴァン:「シビック・メディア・オブザーバトリーは、かつて(2015年)行ったNews Frameというプロジェクトが元になって生まれたものです。その研究では、ハーバード大学とMITが持っているメディアクラウドという大規模なデータセットに基づいて、大規模なニュース記事の構成を体系的に分析することを試みました。 目指したのは、個別の事柄としての有害情報の分析から一歩身を引いて、ストーリーが生まれてくる背景―どのストーリーが取り上げられるか、ストーリーが形成される時どんな特定のレトリックが用いられるか、どのように話題になるか、その意思決定など、根底にあるものを理解することでした。我々の立てた仮説は、人間のカルチャーという文脈において、情報は決して言語から切り離せない、ということ。つまり、情報は、情報自体ではなく、その根底にある言葉や考え方、意思決定のもとになるニーズから切り離して捉えられないはずだ、ということです。したがって、言語を使用するときは常に、意識的にまたは無意識にイデオロギーを使用しているおり、そのことをフレーミング分析で明らかにします。このプロジェクトを2年間行い、成果が出ましたが、メディアの情報源をURLとして識別し、一貫性のあるリストとして継続した管理をするのが困難になりました。
私たちは、情報やエコシステムをより広く理解したいと思い、メディアや正式な報道機関のみに目を向けるのではなく、情報がどこから来たのか、そしてそれが互いにどのように関係しているのかに目を向けたいと考えました。
そこで、よりどころにしたのが情報の理論です。情報理論およびネットワーク社会では情報の価値はノードではなく、二つの点の関係で定義される、と考えます。ですから報道機関やメディアなどの情報を送り出す出口ではなく、関係性を見なければなりません。つまり、情報の価値を決めるのはコンテクストなのです。具体的には、コンテクストを、コンテクスト、サブテクスト、ナラティブ、メタデータの観点から分析し、整理したリレーショナルデータベースを作成しました。」
健全な情報空間を目指す、ファクトチェックとは異なる取組
アイヴァン:「ファクトチェックは、固有のストーリーに対し、その真偽を検証し、どのアクターや情報のどの部分に不適切であるか、確かめるプロセスです。これに対し、私たちシビックメディアオブザーバトリーが取り組んでいるのは、それらのストーリーが流布されていく過程で背後にあるコンテクストを洗い出し、それらが表出する背景となる構造的な問題を見つめようとしています。
情報理論やネットワーク社会では、情報の意味の価値はメモや情報のノードそのものではなく、コンテキスト呼ばれる2 つの情報間の関係にあると考えられます。 情報エコシステムがどのように形成され、どのように作成され、人々が情報エコシステムとどのように対話し、どこに位置しているか、理解しようと考え、シコンテキスト、サブテキスト、メタデータ、ナラティブ、主要なテーマまたはトピックに関するもの、そして情報の真実性や正確さといった様々なレベルで分析し比較できるできる、リレーショナル データベースを構築しました。
4年間やってわかったことが二つあります。まず情報の正確性は第一義的な合図になりえません。最も重要な合図となるのは、人々が信じるか、欲しがるか、という信頼性なのです。この信頼性は、ブランドなどの文化的な信号によってもたらされます。情報の真偽の検証というのは素晴らしいことですが、毎日私たちが接するたくさんの量の情報のすべてに対して、毎回検証を行うのは現実的ではありません。もう一つは、誤情報と偽情報の区別の重要性です。誤情報は、無知と流行性を伴います。偽情報は、嘘を流布し人をだまそう、操作しようというものです。いずれも、情報空間において忌まわしい症状として表出する点で同じですが、誘発する原因は異なります。」
Q: これは一大研究調査だとも感じますし、情報流通の健全化に資する新しい手法として、一つの大きな発明のような気もします。どのような姿勢で取り組まれていますか?
アイヴァン:「一つには、アドボカシー(権利擁護)の側面があります。Facebookを運営するMetaのトラスト&セーフティ担当チームに対して、定例での報告を行い、リスクや懸念について認知してもらうよう働きかけていました。残念ながらメタの管轄チームは解消されていまいましたが。また、ユネスコ、国連総会で講演し、一連のセミナーを行ったりしています。
また、シビック・メディア・オブザーバトリーで収集するデータはAirTableを使って公開しています。報告書についても、グローバルボイスと同様、すべてオープンライセンスで公開しています。我々の手法を身に着け、ローカルなストーリーについて分析してもらえるよう、積極的にワークショップを開催し、世界中の各地でローカルレベルでのエキスパートを増やし、コミュニティづくりを行うといったキャパシティ・ビルディング(能力開発)を行っています。」
ジョバナ:「それからグローバルボイス内での連携も深めています。グローバルボイスアドボカシーというインターネットと表現の自由に特化した媒体の発行するFreedom monitorでの解説記事の発行を行っているほか、ニュースレター、ちょっとした情報リテラシー研修プログラムとなる簡易版ワークショップ教材も提供しています。」
Q:取り組みのヒントとなっている書籍や考え方があれば教えてください。
ジョバナ:「私はキャロライン・クリアド・ペレスの『Invisible Women: Data Bias in a World Designed for Men(見えない女性:男性のために作られた世界のデータバイアス)』 が解説しているジェンダーバイアスの問題、それからブラジルのジャーナリストPatrícia Campos Melloの著書は、ネットワークによってもたらされる有害情報がどのグループをより端に押しやっているか書かれており、大変参考になりました。」
アイヴァン:「メディア研究者のダン・ギルモアの言葉―どんな組織であっても、必ずその外に優れた知識を持った人がいる。他者のマインドをネットワーク化して、ストーリーを見るべきだ―が心に残っています。あとはMIT出版から出ている『Networked Publics』もおすすめです。」